占いやりつく師が教える 当たる占い&占い師

35年占いをやりつくした私 現代のヒミ子が、徹底的に比較して分かった本当に当たる占いを教えてあげる

占いやりつく 現代のヒミ子が教える

当たる占い 当たる占い師
研究レポート

歴代ごとに違う占い方法

変化する占い事情

日本の占いの起源は古く、確認されているところでは、古墳時代以前から続く太占(ふとまに)という占いが有名。鹿の骨を焼いて、そのヒビの入り具合で未来を占いというもの。中国から伝来した占い法ね。

8世紀に入ると、日本最古の法典「大宝律令」の施行とともに、占いを専門にする役所が設けられたわ。陰陽寮(おんみょうりょう)という役所。そこで活躍したのが、陰陽師(おんみょうじ)という人たち。陰陽師の安倍晴明なんて、聞いたことあるでしょ?

当時活躍していたのは陰陽師

陰陽師って、今で言えば天文学者と政治秘書を混ぜたような職業かな。天体の動きと世の中の動きの連動性を常に観察して、少しでも世の中が乱れる兆候があれば、事前に朝廷に告げる。告げると同時に、適切な解決方法を提案する。そんな仕事よ。

鎌倉時代に入ると、九星、墓相、剣相、字占、判占、水晶占い、粥占い、年占いなど様々な占いが盛んになったわ。時代が進んで室町時代になると、当時の最高学府「足利学校」で易学(占い)を正規の学問として指導。ここで易学を身につけた者は、戦国武将の重職として仕えることができたそうよ。

江戸時代中期には、新井白蛾(あらいはくが)という易者が京都で活躍。ちょうどこのサイトで紹介しているような、当時の有名な占い師さんよ。

明治時代に入ってからは高島易断の開祖・高島嘉右衛門(たかしまかえもん)が登場。東洋運命学や易学の研究から生まれた「高島易断本暦」は、今でも書店に平積みになってるわね。

そして現代。かつてと同様に対面式の占いも残っている一方で、時代に合わせてネット占い、スマホ占い、メールなども盛んね。この辺はもう、私が言うまでもないかな。

ざっくりと占いの歴史を見てきたけど、実際、占いの歴史をさかのぼると、文献も見つからないくらい古いものなのよ。占い方法も様々。大きな流れで見れば、古くは国を動かすような占いが中心、そして近現代は個人の人生に関わる占いが中心という感じね。

このページの最終更新日:2017年11月16日

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