占いやりつく師が教える 当たる占い&占い師

35年占いをやりつくした私 現代のヒミ子が、徹底的に比較して分かった本当に当たる占いを教えてあげる

占いやりつく 現代のヒミ子が教える

当たる占い 当たる占い師
研究レポート

はじまりと歴史背景

魂を導いたり、国づくりのために

占いって、いったいいつ始まったんだろう?なんて思ったことないかしら?温故知新、占いやりつく師としてきっちり勉強していくわよ。

まず起源は、バビロニア時代に始まった占星術が始まりみたいね。バビロニア時代と言えば、今から4000年くらい前のこと。ちょっと想像がつかないくらい古い時代よね。ただ、この時の占星術はまだ粗削りな部分が多くて、体系的にまとめられたのはギリシャ・ローマ時代に入ってから。このころになると、占星術は重要な政治判断にも活用されていたらしいわよ。

また古代エジプト時代は、大河ナイル川を天の川に見立てて、オリオン座の真ん中に並ぶ三ツ星の位置に合わせた三大ピラミッドを建設。魂を導く灯明として、そして安定した国作りを祈念して占星術を利用していたというわ。ちょっとロマンチックじゃない?

日本における占いの黎明期

何をもって「占い」という範疇に入れるのか基準があいまいなんだけど、天体の動きなど法則性あるものを基礎にして祈祷をささげる、といった行動も「占い」と呼んでいいならば、日本における占いの始まりは縄文時代くらいにさかのぼるかもしれないわ。いや、すでに石器時代にはすでにあったかもしれない。始まりが分からない、ってことが本当のところかしら。

確実に占いが行われていたとされる最初の例は、弥生時代の太占(ふとまに)。鹿の骨を焼いて、その骨のひび割れの形によって未来を占う、といった方法よ。

太占は中国から入ってきた占い法。「鹿占」など色々な呼び方があるけれど、獣の骨を使った占い法をすべて太占と言っていいなら、有名な『魏志倭人伝』『古事記』『日本書紀』なんかにも、太占はたびたび登場しているわ。

飛鳥時代に入ってからは、亀の甲羅を焼いて、そのびび割れの状態で未来を占う亀卜(きぼく)という占いが盛んになったわ。当時、亀には霊力があると考えられていたの。崇める対象としての亀の甲羅を使って、未来を占っていたってことね。

その後、式占(しきせん)や式盤(しきばん)など様々な占いが登場。かの有名な天武天皇は占いを重視して政治を取り仕切っていたという記録もあるわ。

ところで5~6世紀ごろ、日本には仏教や儒教が伝来。このころ、同時に伝来した考え方の一つに陰陽五行説(いんようごぎょうせつ)っていうのがあるの。

すべての事象が「陰陽」と「木・火・土・金・水」という5つの要素の組み合わせから成り立っているっていう考え方で、ここに日本的な呪術の要素も加えて陰陽道(おんみょうどう)という思想が完成。この思想のもとで作られた役所が陰陽寮(おんみょうりょう)で、その役所で働いていた専門職員のことを陰陽師(おんみょうじ)って言ったの。安倍晴明で有名よね。

以後、日本には様々な占い法が誕生することになったんだけど、それらの土台になるのが、今説明した黎明期の占い。特に陰陽道は重要よ。現代の占いにも大きな影響を与えてる思想だから、できればもっと詳しく勉強してみてね。

このページの最終更新日:2017年11月16日

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